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島根大学医学部附属病院主催市民フォーラム
「今を大切に生きる」-医療の限界を超えて- 講演会要旨

日 時 平成22年5月30日(日)13:30~16:30
場 所 島根大学医学部看護学科N11講義室

 13時30分 開会の挨拶 病院長 小林 祥泰
 13時40分 基調講演 「今を大切に生きる」-医療の限界を超えて-
          座   長 副病院長 小児科教授          山口 清次
          講   師 京都大学こころの未来研究センター 教授 カール・ベッカー先生
 15時10分 パネルディスカッション
         「今を大切に生きる」-医療の限界を超えて-
          座   長 病院医学教育センター長 診療教授    廣瀬 昌博
          パネリスト 京都大学こころの未来研究センター    カール・ベッカー
                 NPO法人いずも在宅支援ネットワーク代表 松井 由紀
                 呼吸器・化学療法内科長 教授       礒部 威
                 病院 医療ソーシャルワーカー       太田 桂子

要 旨

小林祥泰病院長
小林祥泰病院長

 講演に先立ち、小林祥泰病院長からフォーラム参加者に対し、参加への御礼を申し述べた後、フォーラム開催の目的として、病院で治療を受ける間も人間の生としての意義を考える機会ととらえるとともに本院が平成17年度から進めている事前要望書の意義について考える良い機会としてほしいとの挨拶があった。

第一部 基調講演「今を大切に生きる」-医療の限界を超えて-

京都大学こころの未来研究センター カール・ベッカー氏

山口清次副病院長
山口清次副病院長

 基調講演の座長は山口清次副病院長で、はじめにカール・ベッカー氏のプロフィールが紹介され、同氏の講演が始まった。カール・ベッカー氏は、ドイツ系アメリカ人で在日20年以上、日本への永住権も取得するというバック・グラウンドを有する。もともと、ハワイ在住の際に仏教に興味を持ち、来日。日本語が堪能であることはもちろん、島根県ゆかりの小泉八雲や松平不昧公など日本文化に造詣が深く、日本人より、日本人というアメリカ人である。そのようなベッカー氏は、宗教家という風に思われがちであるが、日本の長い歴史を有する文化を基盤とし、日本人の「こころ」を理解したうえで日本の医療や介護をフィールドに研究や実践していることから、宗教家というより医療関係者と言えるかもしれない。

カール・ベッカー氏 カール・ベッカー氏 カール・ベッカー氏
熱弁のカール・ベッカー氏

 ベッカー氏は、現在のように、医療技術や医療環境が変化している一方で、現代日本人の「死生観」や「生命観」は伝統的な「死生観」「生命観」とは異なり、医療技術・医療環境の変化に追いついていない感があるという。たとえば、カール・ベッカー氏は、フロアの参加者に「人口呼吸器などの“機械”の装着を希望する人は?」と問いかけた。しかし、手を挙げる人はなく、次に「尊厳死を認める人は?」とも問いかけた。しかし、これにも手を挙げた人はいない。つまり、法律は欧米並みに変化し、「自己決定」を推進するが、日本人はそれに対応できておらず「自己決定」することができない。医療と法律は欧米並みであるが、日本人の「こころ」は欧米並みではない。

カール・ベッカー氏

 しかし、ベッカー氏は日本人のこころを否定するのではない、むしろ、日本人のこころを大いに肯定する。昔、人が死ぬと、葬式に始まり、初七日、21日、49日、初盆、一周忌、三回忌とその時々に故人を悼む儀式を行ってきた。ところが、現代人はその意義や意味を理解しないまま、利便性を追求するあまり、葬式の際に初七日や49日を済ませてしまう、「日本人のこころ」を失いつつあることに危惧する。古くから、いままで培ってきた「日本人のこころ」、精神から学ぶべきことは多いという。その「死」を大切にする心こそが、今の医療や介護に必要であり、「今を生きる」大切さにもっとも必要なことだと解説する。

カール・ベッカー氏

 質疑応答では、座長の山口副病院長から、本院での「事前要望書」についての取組みを紹介したうえで、欧米におけるDNRの状況について質問された。これに対し、ベッカー氏は、米国での調査によると、70歳以上の高齢者がなんらかの理由で医療施設を受診した場合、担当医はadvance healthcare directive(日本の「事前要望書」に相当)についてDVDで説明し、患者は「自己決定」したうえで、その文書(ショッキング・ピンクで目立つ色)を冷蔵庫に貼っておく。この文書の内容は管理センターで一括管理され、ER活動が円滑になったという。この話を受け、ベッカー氏は本院の「事前要望書」の取り組みに対し、エールを送るとともに是非とも早急に市民に公表する機会を設けるようにとの奨めの言葉をいただいた。

第二部 パネルディスカッション 「今を大切に生きる」-医療の限界を超えて-

  

座   長 病院医学教育センター長 診療教授     廣瀬 昌博
  パネリスト 京都大学こころの未来研究センター  カール・ベッカー
        NPO法人いずも在宅支援ネットワーク代表 松井 由紀
        呼吸器・化学療法内科長 教授      礒部 威
        病院 医療ソーシャルワーカー      太田 桂子

 第一部のカール・ベッカー氏による基調講演を受け、休憩をはさんで第二部のパネルディスカッションが行われた。まず、パネルディスカッションに先立ち、NPO法人いずも在宅支援ネットワーク代表の松井由紀氏、本院呼吸器・化学療法内科長礒部威教授、本院医療ソーシャルワーカー太田桂子氏より、それぞれの現場での取組みについて紹介があった。

松井由紀氏
松井由紀氏

 松井氏は、出雲圏域における在宅介護の状況について、病院で死亡する割合が約7割で、全国平均より1割程度低いことが紹介された。ただし、現在の高齢者は「家族に迷惑をかけたくない」などの理由から、自分で意思決定できない状況であるので、むしろ、「事前要望書」が必要であることが報告された。

礒部威教授
礒部威教授

 礒部教授は、本院で悪性腫瘍患者を診療する機会の多い呼吸器・化学療法内科長の立場で、その代表的な用語である「DNR」を取り上げ、本当に「何もしない?」とフロアに問いかけた。そうではなく、「事前要望書」はがん患者で98%、非がん患者では79%が利用されていることから、できるだけ「今を大切に生きる」状況があるとの紹介があった。そして、「事前要望書」の使用法をはじめとして、その意義や目的などを市民に公表する時期に来ていると報告された。

太田桂子氏
太田桂子氏

 さらに、太田氏は、患者と医療者の間にある、本院ソーシャルワーカーの立場から、医療制度などの単なる“説明屋”ではなく、患者の背景と価値を理解・共有し、「患者の気持ちと暮らしによりそうこと」を目標に、患者から日常的に相談を受けていることが紹介された。患者の診療の際には、ソーシャルワーカーを含め、医師や看護師など医療従事者がそれぞれの役割分担を理解し、明確にすることが重要であると報告された。

廣瀬昌博センター長
廣瀬昌博センター長

 パネルディスカッションでは、まず、座長の廣瀬センター長がカール・ベッカー氏のご講演は、長い歴史と文化に裏付けられた日本人の精神論・死生観から、「終末期医療」という狭義の医療に捉われるのではなく、日本人としての「死」を見つめる大切さから、「今を生きる大切さ」を見出すものであることと総括するとともに、各パネリストのポイントを確認したうえで、討論に入った。

 ベッカー氏は、日本の現代の医療では、日本人が医療に対して過剰な期待を持ち、従来、「死の潔さを徳」としていたが、現在ではそれが失われつつあることを憂慮し、「死ぬかどうか」ではなく、「どのような死にかたをするのか」ということに重点を置けばおのずと「終末期医療」に対する考え方も変わってくるのではないかとされた。そして、本院の終末期医療における「事前要望書」の取組みを高く評価した。

 松井氏は、本院の「事前要望書は」具体的で良いと感想を述べられ、地域でも高齢者が家族に迷惑をかけたくないという気持ちから、自己決定しがたい状況にあるため、「事前要望書」をもっと積極的に地域に広報することを提案された。

 礒部教授も同様に「事前要望書」を公に披露する時期が来ていると重ねて発言され、本院でその準備を進める必要があるとしたうえで、文書で広報するのは市民には受け入れがたいので、本院ホームページやケーブルテレビなどを通じて映像などで広報するのが適当であると提案された。

 太田氏も随分前に住職の方から、「事前要望書」はないのですか?と聞かれ、答えに窮した経験があることからも、両氏同様、すでに「事前要望書」が必要な時期に入っているとしたうえで、市民に開かれた事前要望書が必要であるとの発言であった。


 最後に山口副病院長から、閉会のことばがあり、基調講演ならびにパネルディスカッションを無事終了することができた。

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