─島根大学病院では、難聴の人を対象に2020年から人工内耳手術ができるようになりました。
人工内耳は、耳の中にある蝸牛(かぎゅう)の神経に微弱な電流を流すことで脳に音を伝えます。耳の斜め後ろの皮膚の中にインプラントの本体を埋め込んで、インプラントからつながる電極を蝸牛に入れます。音を拾って電気信号に変えるサウンドプロセッサが皮膚の外側から無線で電気信号を送る仕組みです。インプラントを埋め込む手術は全身麻酔で行い、島根大学病院では最近1年間で7人が手術を受けられました。
インプラントは一度入れるとずっと使えるのでしょうか。
基本的には入れ替えることなくずっと使えると思ってもらっていいです。インプラントを動かす電源は、体外のサウンドプロセッサから供給します。性能が向上しており、故障率が低く、入れ替えないといけないことはめったにありません。
─どのように聞こえるのでしょうか。
過去に耳が聞こえていた大人に聞くと、人工内耳の音は最初はロボットみたい、ミッキーマウスの声みたいと言われ、言葉としてはわかりにくいと言います。ただ、音を信号に変換するプログラムを調整するマッピングを繰り返し行うことで、だんだんと言葉に聞こえてくるようになります。脳の可塑性と言いますが、脳が対応していきます。うまくいっている人は音楽も聞けます。
最初はマッピングで聞こえるまでもっていくことが必要になります。その後は患者さんの要望で調整します。例えば、静かな場で講演がきちんと聴けるようにとか、屋内、屋外で聴けるようにするなど、要望を聞きながらいろいろな場面に合わせたプログラムを一緒に作っていきます。最近はスマートフォンと連動させて、さまざまな生活シーンによって自身でプログラムを切り替えることもできます。
─難聴の方が対象ということですが、補聴器で良い場合と人工内耳でなければいけない場合はどう違いますか。
高齢化で耳が遠くなることは全員に起きることなので、遠慮無く補聴器を付けてほしいです。人工内耳は、それでも聞こえない、言葉が通じないという人の次の選択肢です。聞こえにくくなった高齢者が人工内耳を付けるケースが多くあります。高齢化でますます増えてくると思います。
補聴器で聞こえなくなって諦めてしまう高齢者がいます。子どもや孫、近所の人たちとしゃべることを控えるようになると、脳の活性が下がり、認知症に悪影響を与えるデータもあります。聞こえるようにすることがよりよく生きるために必要ですが、まだ県内では人工内耳への認知が進んでいません。
─高齢者のほかにも先天性の難聴者にも利用されています。
もともと、高齢になって聴力が落ちる人向けに始まったものですが、先天的に聞こえない赤ちゃんに早く人工内耳を入れて、人工内耳の音で言葉を覚えてもらう考え方も出てきています。島根県ではほとんどの新生児が聴覚スクリーニングを受けており、きこえに問題がある場合は精密検査し、補聴器を早期に導入します。それでも聞こえていない場合は、人工内耳を検討します。例えば「アンパンマン」の絵を見ながら、脳に音が入ってきて、これをまねて発音するということを繰り返して、音声言語を獲得します。このような脳が形成される時期までに人工内耳を入れて脳に音の刺激を届けた方がいいと考えられており、国内では1歳がめどとされています。
求められる医療
今回は耳のお話です。音が聞こえるためには、耳の働きと脳の働きが連携する必要があります。音をキャッチし、それを意味あるものとして認識するには“脳”の訓練・リハビリテーションも必要です。人工内耳は専門性が高い新しい治療法で、高齢者の多い島根県には是非とも必要です。新生児のスクリーニングから高齢で耳が聞こえにくくなった場合まで、調子が悪い時は是非、当院の耳鼻咽喉科・頭頸部外科にご相談ください。患者さんの“心の声”に耳を傾けるスペシャルな医療人を揃えています。
島根大学医学部附属病院
病院長 椎名 浩昭