心臓弁膜症
─高齢者の心臓弁膜症が増加傾向です。
人間の心臓は、右心房、右心室、左心房、左心室の4つの部屋があり、血液が一方向に流れています。左右それぞれ心房と心室の間、心室と心室から出る動脈(右は肺動脈、左は大動脈)の間に「弁」があり、血液が流れるときに開き、流れ終わったら閉じて、逆流しないよう機能しています。
ところが、何らかの原因で弁が機能しなくなる病気があります。それが心臓弁膜症です。
高齢者において頻度の多いものに、「大動脈弁狭窄症」と「僧帽弁閉鎖不全症」の二つがあります。大動脈弁狭窄症は、加齢・感染症・先天的などの問題によって弁の開きが悪くなり、心臓のポンプ機能に支障をきたした状態を言います。僧帽弁閉鎖不全症は、弁が正常に閉じなくなることで逆流を起こしてしまう状態で、弁を支持する腱索と呼ばれる紐状の組織が切れること、左室や左房が大きくなることなどが原因です。どちらも加齢によるところが大きく、70代から年齢が上がるにつれて患者数は増えています。
─心臓弁膜症の一般的な治療は。
心臓弁膜症の治療は、開胸して自分の弁を修復する形成術、カーボンなどの人工材料を使用した人工弁(機械弁)をつける手術や、ブタやウシの生体組織を利用した人工弁(生体弁)を取り付ける外科手術が一般的です。機械弁は耐久性が高く、一度付けたら基本的に一生使い続けることができますが、血栓ができる可能性が高く、血栓を予防する薬(抗凝固薬)を飲み続ける必要があります。一方、生体弁は術後を除いて抗凝固薬を飲む必要はありませんが、10~15年で劣化するため、弁を取り替える再手術が必要になることがあります。
─高齢者を対象にする新たな治療が始まっていますね。
先に説明した手術は高齢者にとってリスクや負担が大きくあきらめる人もいました。ですが近年、負担が少なくて済む治療ができるようになりました。大動脈弁狭窄症に対しては、カテーテルと呼ばれる医療用の細い管を通じて生体弁を取り付ける「経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)」があります。これは、小さく畳んだ生体弁を入れたカテーテルを足の付根から血管に入れ、狭くなった自分の大動脈弁のところまで進めて生体弁を留置するものです。前後の処置を含めて2時間程度で、実際の留置の時間はわずか10秒程度です。治療後の入院も3日程度で済みます。島根大学医学部附属病院では2018年4月から実施し、これまで230例以上行ってきました。
当病院で治療した最高齢は98歳で、年齢だけによる制限はありません。
僧帽弁閉鎖不全症についても、「経皮的僧帽弁接合不全修復術(マイトラクリップ)」と呼ばれる、血液の逆流が生じている部分をカテーテルにより直接クリップでつまんで僧帽弁の逆流を軽減する治療を23年3月から行っています。
─心臓弁膜症に気づくにはどうしたらいいでしょうか。
日常生活で動悸や息切れを感じたら「年だから」では片づけず、弁膜症を疑ってください。ほかにも、ふらつきや失神、胸が締め付けられるような胸痛も症状として挙げられます。診断のきっかけは心雑音です。早期発見に向け定期的に健診を受け、聴診器で胸の音を聞いてもらってください。
当院では循環器内科、心臓血管外科、放射線科、麻酔科、看護師、臨床工学技士、理学療法士など、多職種多診療科で連携した「ハートチーム」が治療に当たっています。今後も専門医の育成を進め、治療が県内で完結できるよう取り組んでいきます。
ゼロリスク
医療技術の進歩に伴い、負担が大きく不可能とされていた高齢者の心臓弁膜症に対する治療が可能となりました。「経カテーテル大動脈弁留置術」や「経皮的僧帽弁接合不全修復術」が相当します。だからといって、これら治療は「ゼロリスク」ではありません。専門性の高い医療だからこそ、多職種からなるチーム(ハートチーム)で取り組み、許容不可能なリスクをなくし安全・安心な医療を提供すること、これが重要だと考えています。
島根大学医学部附属病院
病院長 椎名 浩昭