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島根大学 医学部 生命科学講座(化学) 島根大学 医学部 生命科学講座(化学)

研究概要 Our Reserch Summary

 近年、分子生物学や生化学の進展により、さまざまな疾患の病態機序(疾患を引き起こす分子的なメカニズム)が明らかになりつつあります。 しかし、神経変性疾患をはじめとする多くの難治性疾患では、いまだに分子レベルでの病態の全容が解明されていないものが数多く存在します。

 当研究室では、これらの疾患の理解を深めるために 「オルガネラコンタクトサイト」 に注目しています。 オルガネラコンタクトサイトとは、細胞内の異なるオルガネラ(細胞小器官)同士が直接接触する領域であり、細胞内情報の伝達や物質の受け渡しを担う、非常に動的な構造です。 オルガネラコンタクトサイトは、ストレス応答や異常タンパク質の蓄積といった細胞環境の変化に応じて構造や機能を変化させ、細胞の恒常性維持に重要な役割を果たすと考えられています。

 私たちはこれまで、運動神経細胞が選択的に変性する神経難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)において、 小胞体とミトコンドリアの間に形成されるオルガネラコンタクトサイトの破綻が、疾患に共通する主要な病態の一つであることを示してきました。 さらに、タンパク質工学的手法を用いて、これらのコンタクトサイトの構造的異常を可視化・定量化する技術の開発にも成功しています。

 現在、これらの知見と技術基盤をもとに、培養細胞やモデルマウスを活用して、さまざまな疾患におけるオルガネラコンタクトサイトの異常の分子機構を解明し、 将来的な治療法の開発へとつなげることを目指しています。

ポイント

オルガネラコンタクトサイト
Organelle Contact Site

 小胞体(Endoplasmic Reticulum: ER)は細胞内においてタンパク質の修飾や輸送、カルシウムイオンの調節など、多彩な機能を担う膜構造のオルガネラです。ERは、他のオルガネラと直接接触することでオルガネラ同士の接触領域、すなわちオルガネラコンタクトサイトを形成します。中でも小胞体のミトコンドリアとの接触領域は "ミトコンドリア関連膜(Mitochondria-Associated Membranes; MAM)" と呼ばれ、ミトコンドリアのエネルギー産生や機能維持に不可欠です。私たちは、これまでにALSにおいてMAMが破綻すること(Watanabe et al. EMBO Mol Med 2016)、MAMの破綻がさまざまなALS原因遺伝子で共通して引き起こされること(Watanabe et al. FASEB J 2021)、またMAMの破綻がタンパク質ストレス応答の異常(Watanabe et al. PNAS 2023)やミトコンドリアの機能破綻(Watanabe et al. Neurobiol Dis 2023)に重要であることを明らかにしてきました。

研究プロジェクト Our Reserch Projects

A) オルガネラコンタクトサイトに着目した疾患の病態解明

1. 神経変性疾患におけるオルガネラコンタクトサイト異常化様式の解明

オルガネラ連関

 私たちはこれまでの研究成果を踏まえ、ALSおよび認知症の主な原因であるアルツハイマー病(AD)において、オルガネラコンタクトサイト、特にMAMの異常化がどのように疾患の発症や進行に関与するのかを詳細に解析しています。具体的には、疾患モデルマウスの組織や培養細胞からMAMを単離し、その構成成分を正常なものと比較することで異常化の原因となるタンパク質の同定を進めています。また、MAMが担う複数の機能の中から、疾患の進行に特に関与する機能を絞り込むことで、MAM異常と病態との関連性を明らかにしようとしています。さらに、MAM以外のオルガネラコンタクトサイトの関与や、神経変性疾患以外の病態への影響についても並行して解析を行い、オルガネラコンタクトの異常がさまざまな疾患において果たす役割の解明を目指しています。

2. オルガネラコンタクトサイトを制御する細胞内シグナル伝達経路の解明

MAMtracker

 オルガネラコンタクトサイトは、細胞が受けるさまざまなストレスや外部刺激に応じて、その形成量が非常にダイナミックに変動することが知られています。こうした変動を適切に制御するためには、オルガネラコンタクトサイトの形成量を調節する細胞内シグナル伝達経路の解明が不可欠です。現在、私たちは、独自に開発した可視化・定量解析ツール「MAMtracker」(Sakai et al. FASEB J 2021)を用いたスクリーニングを通じて、MAM形成を制御する候補シグナル伝達経路の同定を行っており、そのメカニズムの詳細な解析を進めています。

B) タンパク質工学技術を活用した新規レポーター分子・治療分子の開発

1. オルガネラコンタクトサイトを可視化・定量化する技術の開発

 現在、MAMを含むオルガネラコンタクトサイトの可視化および定量化技術は、さまざまな分野で進展しています。私たちが開発した「MAMtracker」も有用なツールの一つですが、生細胞での使用に限られる点や、組織レベルでの解析には適さないという課題があります。そこで、私たちはタンパク質工学の技術を応用し、固定組織や生体個体においても利用可能な新規レポーター分子の開発に取り組んでいます。この新たなツールの開発によって、オルガネラコンタクトサイトの機能解析をより多層的かつ実用的に進めることが可能になると期待しています。

2. タンパク質改変技術を活用した新規治療分子の開発

シスタチンCによる凝集体除去効果

 私たちはこれまでに、シスタチンC(Watanabe et al. Cell Death Dis 2014)(Watanabe et al. J Neurochem 2017)やニューログロビン(Watanabe et al. J Biol Chem 2012)といった内在性タンパク質が神経保護作用を持ち、神経変性疾患に対して治療効果を示すことを報告してきました。これらのタンパク質は、将来的な治療分子として有望視されています。しかし一方で、神経細胞は血液脳関門などの制約により、外部から投与されたタンパク質が中枢神経系に到達するのが困難であるという課題があります。この課題を克服するため、現在私たちはタンパク質工学の技術を活用し、治療効果の増強や中枢神経組織への送達効率の向上を目的とした、改変型人工タンパク質の開発に取り組んでいます。

このほかにも様々な視点から各種疾患の病態解明と治療法開発に向けた研究を進めています。研究内容に興味を持たれた方は、随時、下記メールアドレスまで御連絡下さい。