研究内容
沿革
初代教授 原田 守(2006.9-2024.3)
島根大学免疫学講座は、2006年に原田 守教授が初代教授として久留米大学より着任したことによりスタートしました。がん免疫をテーマに、がんに対する生体防御や免疫応答のメカニズムを解明し、より有効な治療法の確立を目指して研究を進めてきました。なかでも、抗がん剤治療後に誘導される細胞老化(senescence)が癌の再発に及ぼす影響を解明し、老化したがん細胞を標的とする複合的ながん治療モデルの開発に取り組んできました。また、がん細胞のアポトーシスやフェロトーシスを誘導・増強する方法を探求し、新たな治療戦略の構築を進めてきました。さらに、老化細胞を選択的に除去する「senolytic drug」の同定を行い、老化細胞の制御を通じたがん治療の可能性を模索してきました。加えて、担がんマウスモデルを用い、間葉系幹細胞を活用した新規がん治療法の確立を目指した研究も行ってきました。
2代目教授 齊藤 泰之(2025.1-現在)
原田教授の退官に伴い、2025年1月より齊藤が神戸大学より着任しました。齊藤は群馬大学および関連病院で血液内科医として化学療法や造血幹細胞移植の臨床に従事した後、群馬大学大学院博士課程に進学し、的崎尚研究室にて細胞間シグナルCD47-SIRPα系の免疫機能の解明をテーマに基礎研究を開始しました。特に、自然免疫細胞である樹状細胞(DC)にSIRPαが高発現することに注目し、CD47-SIRPα系がDCの生存維持に重要であることを明らかにし、学位論文としてBlood誌に発表しました (Blood 2010)。
2008年からは研究室のスタッフとして大学院生や研究員の指導を行い、CD47-SIRPα系がDCだけでなくT細胞の恒常性を制御すること (J Immunol 2011)、SIRPαの下流分子SHP-1がDCを介して自己反応性T細胞の誘導を抑制することを明らかにしました (J Immunol 2012)。この過程で、DCの分化制御機構に興味を持ち、将来的にヒト免疫研究を展開したいと考え、チューリッヒ大学のMarkus Manz博士の研究室に博士研究員として留学しました。
留学先では、DCの分化制御に重要なFlt3リガンドによるDCの分化誘導機構の解明に加え (Eur J Immunol 2013)、ヒト免疫細胞をマウス体内で再構築させた免疫ヒト化マウスの改良に取り組みました。これにより、ヒト造血因子を免疫不全マウスに機能的に発現させた次世代ヒト化マウスの開発に成功しました (Nat Biotechnol 2014)。この実験系を用いて、マウス体内での成人造血幹細胞由来の血液・免疫細胞の再構築に成功し (Blood 2016)、この研究ががんやウイルス感染症の治療法開発に応用できる免疫ヒト化マウスモデルの樹立へとつながりました。
2014年に神戸大学に講師として着任後は研究グループを組織し、免疫・血液の研究を中心に取り組みました。その結果、DCによるCD47-SIRPα系を介したストローマ細胞の恒常性制御機構を解明し (PNAS 2017)、医学研究科最優秀学術論文賞を受賞しました。また、グループ内の大学院生の指導を通じて、DCによるリンパ組織ストローマ細胞の再構築にCD47-SIRPα系が関与すること (Eur J Immunol 2019)、自己免疫性脳脊髄炎の発症制御におけるDC上のSIRPαの役割を明らかにしました (Eur J Immunol 2020)。さらに最近では、CD47-SIRPα系が末梢T細胞の生存維持に必須のシグナルであることを新たに見出しました (PNAS 2023)。これらの研究に並行して、留学先で開発を進めた免疫ヒト化マウスを用いたがん免疫療法モデルの開発も進めました。このモデルにより、ヒト免疫細胞を標的とする抗体医薬の作用機序の解明や前臨床での薬効の評価、患者由来腫瘍細胞への薬効評価が可能となりました (Front Immunol 2023)。また、突発性発疹の原因であるヒトヘルペスウイルス6B(HHV-6B)感染再活性化を模したヒト化マウスモデルの樹立にも成功しました (J Virol 2020)。
上記の研究に加え研究室では、CD47-SIRPα系を標的としたがん免疫療法の開発にも取り組んできました。抗SIRPα抗体やSIRPα結合環状ペプチドが自然免疫細胞である樹状細胞やマクロファージにおける免疫チェックポイント阻害剤として有効であることを前臨床モデルで明らかにし (JCI Insight 2017;Cell Chem Biol 2020;PNAS 2022)、現在製薬企業と新規がん免疫療法としての抗SIRPα抗体の開発を進めています。
研究テーマ1 自然免疫細胞による自己認識機構の解明とその応用

私たちは最近、免疫応答の中心であるT細胞の生存の制御機構に注目しました。T細胞はリンパ球の一種で感染細胞やがん細胞を殺すキラーT細胞や他の細胞による免疫応答を助けるヘルパーT細胞に分けられます。これらのT細胞は脾臓やリンパ節の中に留まっており、樹状細胞から自己や病原体由来の情報を受け取ります。研究グループが、T細胞のみにCD47を欠損させた遺伝子改変マウス(Cd47ΔTマウス)を作製したところ、脾臓やリンパ節内のT細胞の数が著しく減少していることが分かりました(図1)。
そこで、T細胞の減少の原因を調べるためにCd47ΔTマウスのT細胞の形態や遺伝子の発現を解析したところ、Cd47ΔTマウスのT細胞は細胞死の一つであるネクロトーシス(※)による細胞死が生じていることが明らかとなりました(図2)。
※ネクロトーシス:細胞自身が有するプログラムによって引き起こされる細胞死の一種。アポトーシス(自死)とネクローシス(壊死)の両方の特徴を持つことからネクロトーシスと命名された。
全身性にCD47を欠損させたマウスにおいてはこのようなT細胞特異的な細胞死を認めないことから、T細胞以外の細胞、特に樹状細胞がCd47ΔTマウスのT細胞に対してネクロトーシスを誘導している可能性が考えられました。実際に樹状細胞とT細胞を共培養したところ、樹状細胞との直接の相互作用によってCD47欠損T細胞に対してネクロトーシスが誘導されることが明らかとなりました。したがって、免疫反応の司令塔である樹状細胞が、リンパ球の表面に発現するCD47を認識することでリンパ球の生存を制御することを明らかにしました(図3) (Komori et al., PNAS 2023)。
研究テーマ2 免疫ヒト化マウスを用いたヒト疾患モデルの開発
免疫ヒト化マウスは、免疫不全マウスにヒトの細胞や組織を移植して作られるモデルです。これにより、ヒトの生体内と近似した機能を持つマウスが作られます。免疫ヒト化マウスは、ヒトの免疫系を再現するため、ヒトの病気や治療法の研究に非常に有用です。免疫ヒト化マウスを用いた研究はこれまで主に感染症や血液の分野で進められていましたが、近年がん免疫療法の研究が急速に発展してきたことから、がん免疫の分野でも徐々に普及しつつあります(図4)。
私たちはマクロファージの細胞表面に発現する分子SIRPαに結合し、リガンドであるCD47との結合を阻害するモノクローナル抗体を用いることで、マクロファージによるがん細胞の貪食が増強されることを動物モデルを用いてこれまで報告してきました。SIRPαはヒトのマクロファージにも高発現することから、ヒトのSIRPαに作用する薬剤を用いることでマウスと同じようにヒトのがん、特に実際の患者由来のがんに対する新しい免疫療法となる可能性が想定されます。しかしながら、ヒトの免疫細胞に直接作用する薬剤の効果を検証する適切な実験モデルが存在しないため、これまではサルを用いた実験や臨床試験で被験者に投与する以外に検証する方法がありませんでした。
そこで私たちは、ヒトのSIRPαに作用する薬剤のヒト腫瘍に対する薬剤の薬効評価が可能な免疫療法モデルを免疫ヒト化マウスを用いて新たに樹立しました。ヒトB細胞腫瘍株だけでなく実際のリンパ腫の患者さんから摘出した腫瘍(PDXモデル)に対し、ヒトSIRPα抗体とリツキシマブの併用により有効性を示すことを明らかにしました(図5) (Saito et al., Front Immunol 2023)。
現在、私たちはSIRPαを標的としたがん治療薬の開発に引き続き取り組んでいます。SIRPα抗体はマクロファージががん細胞を攻撃する際の分子ブレーキ(免疫チェックポイント)として働くことから、現在がんに対する新しい免疫療法として国内外の製薬会社による開発が行われています。本研究で開発した免疫系ヒト化マウスによるがん免疫療法モデルを用いることで、臨床試験を行う前の薬剤の最適化や副作用の検討、さらには患者個々の腫瘍に最適な治療法の検討など、実際のがん治療に直接関与する研究に結び付けられることが可能となります。一方で、これらの実現には幾つかの課題点が今回の研究により明らかになったことから、現在私たちは免疫系ヒト化マウスを用いた前臨床モデルの更なる改良を進めつつ、患者検体を用いることで個々で異なるがん免疫療法の反応性を評価が可能なモデル作りに取り組んでおります。
研究テーマ3 間葉系幹細胞を利用した新規がん治療法の開発
工事中