
進学や進級、就職、職場の異動などで環境が変わる人が多い春。
変化についていけなかったり、疲れてしまったり、心身のバランスを崩しやすい季節でもあります。
当院精神神経科の稲垣正俊教授、山下智子助教にお話をうかがいました。
「うつ」は気分が落ち込んでいる状態で、喜怒哀楽の一部。人間として自然な感情で、それ自体は悪いものではありません。落ち込む状態が続き、生活に影響が出るなど、大きな苦痛を伴うようになれば治療が必要。そのような状態になったものを「うつ病」として治療の対象にしています。
うつ病は脳の病気であり、心が弱いから、気の持ちようが悪いからなるというものではありません。つらい出来事に直面したときばかりでなく、結婚や昇進のような幸せなライフイベントをきっかけに起こることもあります。誰にでも発症する可能性があるのだと理解しておいてください。
本人が気づきにくいのがこの病気の難しいところ。新学期になったり、仕事が忙しくなったり、新しい環境に身を置いたり、何か問題が起きて行き詰まったりしたときに、「今は心も体もとても苦しいけれど、問題が解決しなければ何も変わらない」「気持ちを改善したところでどうしようもない」「もっと頑張らないと」と思ってしまうとなかなか治療に進めません。そのため、周りの人の気づきが必要になることが多々あります。
子どもの場合は、朝起きられなかったり、腹痛や頭痛があって登校できないという形で病気が現れることが多いです。大人の場合は、社会的な責任を感じてギリギリまで頑張ってしまっているケースが多く、職場に行けなくなったり、家から出られなくなったときには、既に深刻な状況になっていると考えられます。
医療機関での対応が必要かどうかの目安は、チェックシートを参考にしてみてください。ほとんど毎日、一日中、二週間以上にわたって物悲しさや寂しい気持ちがあったり、普段楽しめていたことが楽しめない、楽しみとすら思わない状態が続くのであれば、確実に支援や治療が必要です。
家族や友人など身近な人の様子がおかしく、うつ病の疑いがあっても、「いきなり内科や精神科に行けとは言いにくい」と感じる人は多いと思います。本人が抵抗感を持つこともありますよね。そういうときは、まずかかりつけの病院での受診を勧めてみてはどうでしょうか。職場の産業医に相談するのもいいでしょう。
今の不調が体の病気に由来していないかチェックした上で、精神的な治療が必要かどうかを医師に判断してもらい、内科や精神科を紹介してもらう。そのようなステップを踏むと、本人も納得しやすいです。実際に、甲状腺の病気やアルコールの影響で不調が出ていたというケースもあります。
また、うつ病は、持病の治療や不妊治療によるストレス、妊娠による体調の変化や不安などからも起こります。女性に関してはPMS(月経前症候群)・PMDD(月経前気分不快障害)などの月経トラブルの影響から発症することも。島大病院の精神神経科では、内科や産婦人科など他科と連携して対応するようにしています。
ただ、「死にたい」「消えてしまいたい」と口にする、または感じている場合は非常に追い詰められている状態で、医師の介入が必要です。かかりつけ医を経ることなく、急いで専門医に相談してください。
治療としては、まずは休養できるようにすること。ご家族や職場の人、学校の先生などと調整して、安心して休める環境を整えていきます。
眠れずに憔悴している場合は、寝つきが良くなる薬を処方。気分のさざ波を落ち着かせる薬も使っていきます。うつ病の薬というとガツンと効いて副作用が大きいイメージを持つ人も多いかもしれません。確かに昔は依存性があったり、眠気が強かったり、ふらついたりと副作用の強い薬もありました。しかし薬の開発が年々進み、現在は副作用の少ない薬がたくさん出ています。とはいえ合う合わないはありますし、副作用の現れ方・感じ方は人それぞれ違うので、気になることがあれば医師に相談して調整していきましょう。自己判断で飲むのをやめてはいけません。周囲の人もやめさせないようにしてください。
食事と睡眠が大切なのは他の病気と同じなので、生活のリズムを整えるためのアドバイスもします。ただ、うつ病の人は頑張ってしまって「決めたことをきちんとできなかった」と落ち込みがちです。100%を目指さないようにとお伝えしています。「完璧にできなかった」ではなく「ここまでできてよかった」と自分を褒め、周囲の人も「できているよ」と認めていくと、考え方が少しずつ変わっていくはずです。
治療を進めて少しずつ回復し、最も沈んでいた時期から気分が戻ってきても、まだ脳の中は頑張りすぎてギリギリの状態が続いています。医師の指示なしに通院や服薬をやめると、また症状が再燃する可能性が高くなります。「元気になった」と感じてからも最低半年は治療を続けると、脳を余裕のある状態に戻していけます。
休養の環境をつくり、ゆっくり薬が効くのを待つのがうつ病の治療。まずご家族や職場など周囲の人が理解することが、一番即効性が高い策だともいえます。「頑張れ」は本人を追い詰めてしまうので、寄り添い、何につまずいているのか理解する姿勢を持ち、支援に繋げていくことが大切です。
うつ病は認知症と間違えられることもあります(仮性認知症)。「まだお迎えが来ない」「早く死んでしまいたい」と口にしがちな高齢者もいますが、よくあることと甘く見てはいけません。塞ぎ込んだり、気力を失ったり、買い物や家事などができなくなったりしていないか、様子をみてください。認知症の初期症状として、物忘れより先にうつ病が出る場合や、脳梗塞などの後にうつ病が出る場合も。脳神経内科・脳神経外科などと連携した診断が必要です。

大きなライフイベントに区切りがついたときはうつ病が起こりやすいです。
受験の合格、結婚、昇進などの良い変化があったときも可能性あり。

引っ越し/結婚・離婚/職場の異動・昇進/育児のつまずき/子どもの進学・受験 など

進学・進級/受験/クラス替え/夏休みなどの長期休暇明け/友達とのトラブル など

定年退職/キャリアの上限を感じる/子どもの巣だち/介護の終了 など

妊娠中/不妊治療中/産後/閉経/更年期障害

1994年広島大学医学部卒業。国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学、NIMH(米国国立精神保健研究所)で精神医療を研究し、2007年からは国立精神・神経医療研究センターへ。同施設の自殺予防総合対策センターで自殺総合対策大綱の策定の過程やその対策の実際を経験し、身体疾患を患う患者の自殺予防にかかわる。岡山県精神科医療センター、岡山大学病院精神神経科を経て2018年から現職。主な研究分野は、身体疾患(がん等)患者の心理的・身体的苦痛の軽減 、自殺予防介入(自殺未遂者支援、地域連携自殺予防対策)。

2006年島根大学医学部卒業。同附属病院での初期研修を経て、2008年に精神医学講座に入局し、2016年から現職。専門は臨床精神医学一般 、緩和ケア、リエゾン精神医学。女性医師の立場から、女性特有の体の不調やライフステージに寄り添っている。
しろうさぎ76号より(2024年4月発行)